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2014.02.26

学校の意識も変わるか。家庭の意識も変えなきゃいけないのか。

慶は先日の発表会での学年代表挨拶を立派に務めることができました。

とても緊張している様子でしたが、顔を上げてハキハキ堂々と言葉をつなぐことができました。総勢500名は超えるであろう聴衆の視線を一身に浴びて、あの振る舞いができるのは素晴らしいの一言でした。立派立派。

さて、そんな次女の通う国立の学校ですが、入学前から妻が「共働きには大変みたい。学校に”協力する”ことが多いようだ」と気にしていました。

これまでも思い当たる出来事、学校関連行事は多かったのですが先週のお手紙で決定的なことがありました。
その前の週に担任の先生もインフルエンザに罹患してしまって、児童も何人も休んで学級閉鎖になりました。その学級閉鎖が明けた初日にもらってきた手紙が「明日から時差登校です」というお手紙。
2_2 ※横になってしまってすみません。
少しでも授業をしたい、発表会の練習を進めたい、という意図はわかるのですが、3時間目から来てください…というのは、共働きで朝から両親が出掛けてしまう家には辛いです。高学年なら「1人で留守番して、時間になったら出るように」て言えばできるでしょうが、1年生にこれはちょっと難しい…。
たまたま義母が手伝いにきてくれている週だったのでコトなきを得ましたが、義母がいなかったらどうしたでしょうか。両親のどちらかが遅刻・もしくは午前休みなど取っての対応だったかもしれません。
こんなお手紙だけで対応ができると思っているというのは、ほとんどの家庭が「片親が家にいる」もしくは「隣近所の付き合いのある家があり、そこで待てる」という前提で考えられているのだなと思いました。共働きで日中は家に誰もいない家庭のことはあまり考えられていない…思い至らない?と思ってしまいました。
学校だって共働きの先生がいるだろうに。そこのお子さんが「明日は3時間目からだって」ってお手紙持ってきたらどうするんでしょうかね…
逆の発想で、思い切って「1年生だって1人で留守番できるのが当たり前」って思って親が付き添わなくても良い…っていう考えをすることも選択肢ではありますが…。
世の中が変わろうとしているときに、学校運営も視点が変わってくることを願います。

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